架空の新曲シリーズ第3弾「ふじだな」の作り方(1)

3曲目の新曲「ふじだな」聞いていただけましたか??作詞作曲って、そもそもかなり恥ずかしいはずですけど、なんかやっちゃってますね(笑)まだの方は、よかったら聴きながら読んでください。

今回は、どうやって曲をつくったか「作り方」についてお話したいと思います。

それは愛です。愛があれば自ずと曲が沸きあがってくるのです!!

・・・気持ち悪い(笑) まあ、それももちろんあるわけですが、そういってしまうと終わってしまうし、気持ち悪いだけですので、ちょっと手順を書いていこうと思います。自分で自分の楽曲を解説するということほど恥ずかしいこともないですし、素人がこんなことを語っても、プロからしたら何してんの?って思われるでしょうけど、興味のある方は先をお読みください。

まず、2017年7月ごろから制作に取りかかりました。普通に仕事をしておりますので、一日中曲を作っているわけにはいきません。空いている時間にちょっとずつ作りまして、半年ぐらいでやっと完成しました。

さて、まずやったこと。それは「リファレンス曲の設定」「テーマの設定」です。

リファレンス曲の設定

作家さんは曲の依頼を受けるときに、「リファレンス」とよばれる曲を提示されることがあるらしいです。「この曲みたいな感じで作ってください」みたいな参考曲のようなものだと思います。

そういうわけで、リファレンスを自分で設定してみました。さくらしめじっぽい曲を作りたいわけですから、曲はもちろんさくらしめじの曲です。今回は「夕空小道」「ぎふと」としました。全然違うやん、といわれそうですが、似た曲をつくるというよりは、ここからインスピレーションを広げる、という感じでしょうか(ちなみに1作目「かめがにげた」のリファレンスは「またたび」と「こんこんずし」。2作目「さくらのきおく」のリファレンスは「かぜいろのめろでぃー」でした)

さて、この2曲のことを思いながら、車の運転をしていると、昔通っていた小学校の近くを通りました。そのときにふとメロディーが浮かんできました。それを信号待ちのときにiPhoneに録音し、それをベースに広げていった、という感じです。

テーマの設定

今回の楽曲は、「ほんとうに自立するとは」ということをテーマとしました。そのことを今回は、イギリスの小児科医、精神科医であるドナルド・ウッズ・ウィニコット(Donald Woods Winnicott)の考え方をもとにして歌詞にしよう、ということを試みてみました。

ウィニコットは「子どもは、誰かと一緒にいるとき、一人になれる」という一見矛盾のように見えることを言います。しかしこれはそう難しいことではありません。

例えば母親のような、自分を無条件に受け止めてくれる存在がいることで、子どもは一人でいても安心して過ごせるようになります。最初は目の届くところに母親がいないといけません。しかし成長するにつれて、母親を内在化することによって、外でも一人で遊べるようになるということです。

そのことをウィニコットは「一人でいられる能力」(the capacity to be alone)といいます。それは母親でなくてもいい。自分を無条件に受け止めてくれるなんらかの存在です。そしてそれは実際にいるかいないかというよりも、自己の内的世界にそういう存在を感じられるのか、ということによる、というのです。それは子どもに限らず、人間の持っている「孤独」の問題と関係しているように思います。

自分の価値を、誰かの役に立つかどうか、ということで量るなら、役に立たなくなったらどうしよう、といって「他者からどう見られるか」ということばかり気にしなければなりません。「人は誰かの役に立つために生まれてきたのではない、あなたがあなたとして輝くために生まれてきたのだ」という言葉を聞いたことあります。人を「何かができるかできないか」で見るのではなく、できてもできなくても「あなた」として尊重します、という「存在そのもの」を認める眼があるところで、私たちは安心して自分が自分として生きられる、つまり本当に自立できるのではないでしょうか。

そんな「無条件に自分を受け止めてくれる存在を感じられる内的世界」を「ふじだな」として表現しようということが、今回の歌詞の趣旨です。

以上を踏まえて、楽曲を作っていきます。

作曲環境

僕が使用しているDAW(Digital Audio Workstation、音楽制作ソフト)はCubase pro 8.5です。2018年2月現在、最新バージョンは9.5です。

https://japan.steinberg.net/jp/products/cubase/what_is_new_95.html

このソフトは、「さんきゅう」「てぃーけーじー」「ふうせんはなび」「いーでぃーえむ」など、さくらしめじの楽曲の多くを手がけていることでおなじみの作曲家、われらが鈴木裕哉さんが使用しています。他に、あの中田ヤスタカさんや岡崎体育さんも使っているそうですよ。

プラグインとして楽器の音源ソフトをいつか使用していますが、Cubaseに付属しているHALion Sonic SE2の他、Ample Guitar M IITrilianBFD3などを導入しています。今回はBFD3の音は使っていません。

オーディオインターフェイスも持っていますが、僕はギターが弾けないし、ボーカルは今のところボーカロイドを使っていますのでほとんど使っていません。ちなみにボーカロイドは鏡音リン、レンさんです。あとはRoland A-49というキーボードを繋いでいます。僕は家にいないことも多く、出先で作っていることも多いので、結局パソコン(Mac book pro)のみで作っていることも多いですね。

作曲の手順

メロディーは思いついたらiPhoneに録音しておいて、あとでCubaseで入力していきます。その後、僕はまずコードを入れます。次にドラム、ベースなどを大雑把に入れた後、鍵盤系、ストリングス、ギターなどの上物を載せます。そしてもう一度リズム隊を整えたり、パートをふやしたりしながら、徐々に肉付けしていきます。

では実際に曲に入っていきます。まず楽譜を示しておきます。

「ふじだな」の楽譜

では実際に曲に入っていきたいと思います。以下の【 】の表示は楽譜の中の□で囲んだパートに対応しています。

楽曲について

【Intro.】イントロと歌い出し

イントロはわずかですが、いつかさくらしめじにカーペンターズをカバーして欲しい、という願いを込めて、カーペンターズのClose To YouのCadd9-Cの繰り返しを思わせるフレーズにしてみました。「あやまリズム」のイントロも、ちょっとTop of the World風なところがありますよね。

それと、Aメロの歌い出し、気づいていただけましたか?ブレス音が少し入っているのを。これは実は彪我くんのブレス音を採取し、使わせていただきました(気持ち悪い(笑))

【A1】1番のAメロ

Aメロは、まず「ぎふと」のテーマである母と子の関係性をとっかかりにしました。

「ぎふと」に「帰ったら元気にただいまを叫ぼう。「どうした?」ってたぶん言われるけど」という歌詞がありますよね。

そこで、それをうけて、「今日はただいまの声が元気だね」という母親の目線からの歌詞にしてみました。そして「ぎふと」の「どうした?」のところを「何かいいことあったの?」という歌詞にしました。

ここは、毎日ギターの練習をしていて、その音が聞こえてくるという日常と、上手くなっていく喜び、でも成長していくことが少しさみしくもあるという親心を表したくて、そういう歌詞にしました。これはきのこりあんの気持ちとも重なる部分かと思います。

ちなみに、彪我くんのブログの写真から、部屋はおそらく2階にあるだろうと考えて、「2階から聞こえる・・・」としました(笑)

このAメロのコード進行は、少し「夕空小道」に似せてあります。

【B1】1番のBメロ

ここは主旋律(彪我くんパート)=親目線下ハモり(雅功くんパート)=子ども目線で作ってあります。

「ぎふと」に「一人じゃ生きられない」「こんな頼りないけど」そして「たくさん心配かけてるよね、だからもっと強くなるよ」という歌詞がありますよね。それを聞いた親の気持ち(=きのこりあんの気持ち)を表現してみました。ですので、親子の対話のようにしてみました。

困難なことに直面し、なかなか乗り越えれないとき、どうしても、「弱いからダメなんだ、強くならないと」などと考えてしまいます。しかし、強く張った弦は切れやすいといいます。「こうなるべき自分」というものにとらわれて行き詰まってしまい、かえってほんとうの自分を見失ってしまうということがあるでしょう。

強くならなくていいんだ、君ができること、すべきこと、したいことを精一杯すればいい。そんな、困難を前にしても絶望せずに君らしく生きて欲しい、という思いを「ただ君の歌を聞かせてほしい」という歌詞に込めてみました。

ここのバックのアコーディオンの伴奏は、「ぎふと」を意識しています。

【C1】1番のCメロ(サビ)

サビの1小節前でCメジャーからEbメジャーに転調しています。この転調は、親目線から子ども目線への変化を表しています。ここからは歌詞が子ども目線に変わっています。そして時間もちょっと未来から見る、という視点になっています。

成長して、後から子どもの時のことを思えば、安心して過ごせていたのは、無条件に自分を受け止めてくれる存在があったからだなあ、そういう存在からかけられていた願いがあったからだなあ、ということを歌詞にしてみました。

ここで鳴っているパートとしては、ギターは2種類、ストリングスも2種類、ブラスパート、アコーディオン、ピアノ、ベース、ドラム、パーカッションなど、いろいろ入れております。

【Interv.】間奏

ここは、ちょっとだけ「はじまるきせつ」のイントロを意識しました。Aメロに入る前にEbメジャーからCメジャーに調を戻しています。

【A2】2番のAメロ

ここは1番のAメロが親目線だったこととの対比で、子ども目線になっています。ギターの音と料理の音の対比ですね。爽やかさを演出するために、「はじまるきせつ」の2番でバイオリンのピッツィカートが入っているのをヒントに、ここでも入れてみました。

【G-solo.】ギターソロ

Bメロと間奏を混ぜたような感じの雰囲気でギターソロを入れました。時の流れを表しています。ギターソロの最後でまたCメジャーからEbメジャーに転調です。

 

疲れたので、今日はここまで。後半につづきます。

次回は【C’】2番のCメロ(落ちサビ)からです。ここから後半に向けて、一気に展開していきます。じつは「あやまリズム」も少し絡んでいます。

さくらしめじ 架空の新曲シリーズ第3弾「ふじだな」

2018年1月3日

2 件のコメント

  • 名古屋で取材しようと思ってましたけど、先手を打たれました((笑)
    ですが、ここまで詳細に公開してもらえて読み応えがありました。いつかの記事でも言われてましたが、自分は趣味でやっているので純粋に楽しめている、との言葉通り生き生きとした解説ですね。仕事として責任や納期や対価がどうのとなると、やりたいとか好きだからだけでは済まなくなりますし。しめじさんも今青年期に入り「仕事」としてやらなければいけない事が増えてきているのかな、なんて思います。楽しむ気持ちはいつまでも持っていてほしいなと思います。でもそれはとても難しい事なんですよね・・。

    • 取材(笑)関心を持っていただいてうれしい限りです。記事の方も、こんな事を書いてもなかなか読んでもらえないだろうな、と思っていたら、ちゃんと読んでいただいてうれしいです。
      「仕事」になる、つまり「手段」になってしまうと、空しいものがあります。
      マックスウェーバーが「精神のない専門家」といっています。ただ絵だけを描く画家、ただ料理だけをつくる料理人、ただ治療する医者・・・どんな活動にもその根っこに人間があり、人間として目の前に現状にどう応えるか、ということがあるはずだが、それがないとどうなるか、ということでしょうか。
      音楽活動にしても、仕事にしても、単に何かのための手段ではなく、それがそれとして完結しないと、それがそれとして意味あることでないと、なにか空しくなってしまいますね。
      その意味あること、ということを、最近の風潮として、好きかどうか、楽しいかどうかだけで判断しようとしますが、そうではないような、それがそれとして完結するような意味に気づくことが大事だと思うのですよね。
      なんか、音楽の話から離れてしまいました(笑)

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