さくらしめじ「木抗木援のうた」

昨日、ブログの記事を書いていると熊本で大きな地震がありました。東日本の大震災を思い出しますが、私が直接経験した地震としては阪神大震災が思い出されます。いつ壊れるかわからないところに生きている、亡くなった方があれほど生きたいと願った一日を、今自分は空しく過ごしてしまっていないか、今求めていることはほんとうに大切なことなのか、そう改めて自分の生き方を見直さなければ、と思います。

人生一度きりだから楽しまないと、ということをよく言います。そういう楽しむために生きるという生き方もあってよいと思いますが、大切なことに気づかせていただくために生きるという生き方があってもよいのではないかと思います。

さて、2回目のワンマンライブ「菌唱-KINSHOW-」もうすぐですね。あと1週間ほどです。(ライブの詳しい情報はこちら→公式サイト)しめじのお二人、がんばって準備しているようですね。スタジオでのリハーサルの様子が参加ミュージシャンのツイッターなどを通しても伝えられています。
 
学校や部活、ご両親の反対、仕事、お子さんのお世話、経済的事情、体調不良やケガ、ご家族の介護など、さまざまな事情で行けない方もおられると思います。僕は昨年12月の初ワンマンにいけませんでしたが、当時とても落ち込みました。しかししめじたちはこられない人のことまで考えて、がんばっていました。そういうところがさくらしめじを応援していてよかった、と思うところですね。
 

さて、そういうさくらしめじワールドがとてもよく表れているのが、この曲です。

「木抗木援(もっこうもくえん)のうた」

この曲は、ご存知の通り、「さくらしめじの『すくすくスクール〜こくごの時間〜』」というOKmusicのサイトに掲載されている連載企画です。ご存じない方のために少し説明すると、自分たちで自作の四字熟語をつくり、それについての歌を作詞作曲する、というとってもクリエイティブな企画なのです。見たことのないかたはぜひご覧ください。

さて、この曲を聴いたとき、思わず笑顔がこぼれました。曲もさることながら、彪我くんの作詞に感心したのでした。自作四字熟語の意味と歌詞を見てみます。
 
もっこう−もくえん【木抗木援】
 
 花粉に悩まされている今日この頃だけど、結局そんな僕たちを助けてくれているのは花粉の素となっている木からつくられているティッシュでした。
 人を刺すハチはハチミツをくれるし、食べ物をカビさせる菌はおいしいおいしいキノコの元でもあるのです。自分に嫌なことをしてくる人も、よくよく考えるとよい面もあったりするのです。らぶ&ぴーす。
 
作曲:田中雅功 作詞:髙田彪我
 
朝早く起きて おはようと挨拶
今日も 1日はじまるよ
学校だ
いつもの通学路 歩いていると
杉の木のせいで
鼻がムズムズ
学校に着くと
挨拶の代わりに「へっくしょん!」
急いでポケットから
ティッシュをだした
杉の木なんてなくなればいいのにと思っていたら
ティッシュから妖精が出てきて
「ティッシュは木から出来ているのよ」って怒られた
そうだ世界はみんな友達なんだ
ウィーアーザワールド
ウィーアーザフレンズ
ラブ&ピース
ルルララールー
 
こんな歌詞です。これを聴いて、すぐに私は、ティク・ナット・ハンのこの言葉を思い出しました。ご存知でしょうか。
 
「もしあなたが詩人であるならば、この一枚の紙の中に
雲が浮かんでいることを、はっきりと見るでしょう。
雲なしには、水がありません。水なしには樹は育ちません。
そして樹なしには紙ができません。
ですからこの紙の中に雲があります。」
   ティク・ナット・ハン『仏の教え・ビーイング・ピース』
 
この方はベトナム生まれの僧侶です。ベトナム戦争で親しい人たちがたくさん殺されました。激しい怒りが沸き起こる中、そういう自分と向き合いながら、暴力によって解決しない、という立場をつらぬかれました。もっとも憎んだ人にすら、暴力では応じない立場をとったのです。
 
「みんななかよく」と簡単に言いますが、気に入る人とは仲良くできてあたりまえです。本当にみんななかよく、というなら、気に入らない人とも仲良くしないといけませんが、私たちはそれがなかなかできません。「あいつは自分に嫌なことをする」「あいつは間違っている」といって、ときに攻撃的になったり、私には関係がないと無視したりします。
 
そんな嫌な相手(ハチ、杉の木)に対しても、「嫌なやつ」と決めつけない。それどころか、自分にとって必要(ハチミツ、ティッシュ)と、さくらしめじはいうのです。これはすごいことですね。
 

あらゆるものは関係し合って成り立っている
のに、私はものごとを固定して見て、それにこだわってしまう。自分こそが正しい、相手が間違っている、と自分の見方にとらわれることが、「ほんとうのこと」を見失い、苦しみや争いの元となる。そういうことを伝える仏の大事な教えが、ティク・ナット・ハン氏の生き方に表れていますが、そんな大事なことにさくらしめじは気がついている、といえるのではないでしょうか。
 

さくらしめじの二人には、気に入らない人がいるからといって、その人をののしる言葉を使ってほしくないですよね。さくらしめじはそういうことをしない、ものごとも人も、その価値を自分勝手に決めつけずに真っ直ぐ見つめる素直さあらゆる人を包み込むやさしさがある。そこに不思議な魅力の元があって、思わず応援したくなるところなのではないでしょうか。私もそうありたいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。