「さくらしめじ」の楽曲における音域の変遷についての研究

1. はじめに

「さくらしめじ」とは日本の現役中学生によるフォークデュオである。スターダストプロモーションの若手男性タレント集団「EBiDAN39&KiDS」から選抜された、中学一年生(当時)の髙田彪我(たかだひょうが、以下髙田)と、同じく中学一年生(当時)の田中雅功(たなかがく、以下田中)との二人により結成された。

2014年6月14日、TOKYO MX「EBiDAN」番組内で「ガク&ヒョウガ」として結成された。その後ストリートライブ等で経験を積み、同年11月24日、日本青年館で開催された「EBiDAN39&KiDS 星男祭2014」にて、ユニット名が「さくらしめじ」と決定。現在までに1stシングル「いくじなし / きのうのゆめ」、配信限定「ぎふと」、2ndシングル「きみでした/せきがえのかみさま」、3rdシングル「はじまるきせつ/さんきゅう」が発売されている。

「さくらしめじニッポン列島菌活の旅〜広げよう“きのこの輪(フェアリーリング)”〜」(以下「菌活」)と呼ばれる、全国の都道府県をフリーライブで回るイベントで、その活動を全国に広げる一方、2015年12月29日には初のワンマンライブを成功させる。さらに2016年4月23日には、春のワンマンライブ「菌唱-KINSHOW-」が千葉県文化会館で行われることが決定している。

本研究の目的は、その「さくらしめじ」の楽曲における、髙田、田中両者の音域の変遷についての考察を通して、「さくらしめじ」の歴史とその活動内容、成長過程をより深く理解することにある。


2. 「さくらしめじ」の歴史区分

「さくらしめじ」の歴史を研究するにあたり様々な区分が考えられるが、ここでは「社会学的区分」と「音声学的区分」を概観しておく。

2.1社会学的区分

CDの発売やさくらしめじの活動内容により、筆者は5つの区分を考える。1)菌床期(ガク&ヒョウガ期)2)生育期3)出荷期4)菌活期5)ワンマン期、に分けられる(ブログ記事「さくらしめじ ライブ一覧」参照)。

1) 菌床期(ガク&ヒョウガ期)

「ガク&ヒョウガ」の名で結成され、「さくらしめじ」のユニット名が決定するまでの期間を『菌床期(ガク&ヒョウガ期)』とする。主にストリートライブが行われた時期である。

2) 生育期

次に、ユニット名決定後、1stシングル全国出荷までの期間を『生育期』とする。主にリリースイベントが行われた時期である。

3) 出荷期

1stシングル全国出荷後、「菌活」が始まるまでの期間を『出荷期』とする。関東以外でも様々なイベントが行われた時期である。

4) 菌活期

「菌活」開始後ワンマンライブまでを『菌活期』とする。「菌活」と呼ばれる日本全国すべての都道府県でライブをしようとする企画で、さらにさくらしめじの活動範囲が広がった時期である。現在も「菌活」は続いている。

5) ワンマン期

2015年12月29日、初のワンマンライブを東京都練馬区の光が丘IMAホールで成功させた。そしてさらに2016年4月23日には、春のワンマンライブ「菌唱-KINSHOW-」が千葉県文化会館で行われる。現在我々は、この『ワンマン期』にいることになる。

2.2音声学的区分

上記とは別に、結成後二人は、中学一年生から中学二年生という思春期を過ごしてきており、変声期の真っ直中である。したがって、音声学的にも下記の通り区分できる。

1)変声前期

二人とも変声期の前、あるいは田中が変声期に差し掛かった頃である。

2)変声G期

田中の変声が進んだ時期である。

3)変声H期

髙田の変声が進んだ時期である。

4)成熟期

二人の変声が終了した時期である。ここで変声G期、H期について「変声が進んだ時期」としたのには次の理由がある。斉田ら[1990]によれば「従来青年期における変声は、ある時点で急激に音声の基本周波数が低下する現象として捉えられてきた。しかし、急激におこる現象のみでなく、その時期に前後して緩やかな変化も起きていると推測される。いいかえれば青年期における変声は、一般に変声といわれる急激な大きな変化(急速期)と、緩やかな軽度の変化 (緩徐期)の複合した現象と考えることができる」としており、緩やかな軽度の変化の開始時期を特定することは困難である。したがって、とくに変化の目立つ時期に着目した区分とした。

現在我々は、3)変声H期の途中にいると考えられる。本研究の主題である、「さくらしめじ」の楽曲における音域について考察するには、この「音声学的区分」を用いることが適切であると考えられる。以下はそれに基づいて考察する。

3.「さくらしめじ」の楽曲における音域の変遷

各楽曲における音域の変遷について図1にまとめた。この図を参照しながら、各時期ごとに考察する。(図1のpdfファイル→https://goo.gl/JJXXNA
(*薄い青、緑は、出てくる頻度が1、2回と少ない場合、もしくはファルセットでしかでてこない音程)


3.1変声前期

2014年11月24日にリリースされた1stシングル「いくじなし/きのうのゆめ」がレコーディングされた頃がこれにあたると考える。髙田だけでなく田中も高音を出しており、2016年2月現在の髙田の音域と同じぐらいである。

3.2変声G期

2014年11月に「きのうのゆめ」を歌っている動画からもわかるように、田中の音程がやや不安定になり始めている。変声は低音になるだけでなく音程が不安定になるので、このころから変声が進行したと考えられる。「きのうのゆめ」はそれを見越してか、「いくじなし」より田中の音域が低音に設定されている(ブログ記事「さくらしめじ『きのうのゆめ』スタッフの愛」参照)。

また、図1からわかるように、2015年2月22日初披露の「せきがえのかみさま」までに比べ、同年5月の「ぎふと」「きみでした」にて田中の音域が一気に低音の方に伸びている。この2月〜5、6月にかけて変声がさらに進行したと考えられる。それに合わせるように、「いくじなし」のパートの割り振りも変わり、8月頃からはいくじなしver2.に示したように、田中の音域を下げるように割り振りが変更されている(ブログ記事「さくらしめじ『いくじなし』(3)雅功くんのパート変更」参照)。

変声途中のため、しばらくは低音もやや不安定であったが、同年7月12日のEBiDAN THE LIVEでは「きみでした」の低音は安定してきており、すぐれた演奏を披露している。さらに同年9月27日の星男祭では低音のみならず高音もきれいに出るようになり、むしろ変声前より音域が広がっている。したがって、このころから安定期に入ったと思われる。それを見越すように、同年7月26日初披露の「まよなかぴくにっく」以降は、田中の音域を高音の方にも広げていることがわかる(図1)。

3.3変声H期

この時期は特定が困難であるが、筆者は同年10月〜12月に放送された、フジテレビ月曜9時枠の連続ドラマ(以下月9)「5→9 〜私に恋したお坊さん〜」(以下ごじくじ)に髙田が里中由希役で出演した頃からとみている。回を重ねる毎に声質が変化しているように聞こえ、例えばごじくじ第1話の「潤子ちゃん、今日もカワイイ」と第5話の「カップケーキ、みんなで食べよ」を比較すると、声質が若干ながら変化している可能性が考えられた(男性と発覚した後なので微妙な演技の可能性もある)。そして図1からわかるように、それを先取りするように、同年9月27日初披露の「みちくさこうしんきょく」(2016年2月現在CD未発売)は髙田の音域を高音も低音も低く設定し、同年11月21日初披露、2016年1月13日発売の3rdシングルに収録されている「はじまるきせつ」も概ねそれに追随する形になっている。さらにそれに合わせて、同じく3rdシングルに収録された「さんきゅう」も、初期のころの「さんきゅう」とはアレンジを変化させている(ブログ記事「さくらしめじ3rdシングル発売記念企画!『さんきゅう』新旧バージョン徹底比較(1)〜(5)」参照)。また「いくじなし」や「せきがえのかみさま」において、最高音であるC#5は発声が困難になってきており、編曲を再検討する時期にきている。

とはいえ、2016年2月の現時点で低音域がひろがってはいるものの、やや縮小しているとはいえ高音域も比較的保たれおり、この経過は田中の場合とは異なるといえる。

4. 声帯の振動数と変声について

Silbiger[1928]によれば、声帯の振動数はn=1/2L・√(gp/qs)(振動数n, 振動膜の長さL, 重力加速度g, 振動膜の緊張度p, 振動膜の横断面q, 振動膜の比重s)の式で表されるという。つまりこの式に基づけば、振動膜の長さLが伸びるか、振動膜の横断面q, 振動膜の比重sの増加、振動膜の緊張度pの低下によって振動数が低下し、音声が低くなることになる。そのうち、Lが最も振動数に影響すると考えられ、喉頭の発達に伴う声帯長の増加の関与が大きいと考えられる。しかし、変声時期と声帯長の変化は一致していないという報告もあり(栗田[1988])、L以外にp, q, sの変化による影響も大きいと考えられる。斉田ら[1990]によれば、androgen(男性ホルモン)の増加等によりq, sが増加することが変声に関わっている可能性が示唆されている。身長の変化率と基本振動数の変化率は負の相関を示す(身長が伸びれば音程が低くなる)と言われているため、何らかの生理的要因の関与は当然大きいと考えられる。上記の要素のうち、L, q, sについては生理的変化のためコントロールすることは困難である。

しかし振動膜の緊張度pは、主に輪状甲状筋の収縮により増加し、また外側甲状被裂筋と甲状被裂筋が拮抗することで安定化している(なおファルセットでは呼気流率, 外喉頭筋群の作用など別の因子の関与も考えられる)。これらの筋をトレーニングすることがボイストレーニング等におけるピッチの調節に関わっていると考えられる。髙田の場合、現時点で男性的変化が少ないという生理的要因に加え、これらのトレーニングが高度になされているために、身長の変化に応じて高音域が低下してきているものの、比較的高音が保たれていると考えられる。また田中も、変声の過程で適切でかつ十分なトレーニングが行われたために、炎症を起こすなどで声帯を傷害することなく、むしろ変声前より音域が広がり現在に到っていると考えられる。

5. 結語

以上のように「さくらしめじ」の成長に合わせて楽曲の音域も変化していることがわかった。また、場合によっては変化を予測し、先取りして楽曲の音域を変化させている可能性も考えられた。

今後「さくらしめじ」はさらに声質が変化し、変声H期を抜けて成熟期へ入ると考えられる。髙田だけでなく田中も、急速期は過ぎたもののまだ緩徐期にはあると思われ、変化する可能性がある。しかし今後の変化を予測することは困難である。また変声には個人差があるため、髙田も田中と同様の経過をたどるとは限らない。ここで重要なことは、変声を悪とする価値観に捕らわれ、また変化の結果にこだわり、「さくらしめじ」の本質を見失うことである。「さくらしめじ」はある一時期を切り取っていうのではない。その変化全体が「さくらしめじ」なのである。したがって、その経過全体を注意深く見守ってゆくことが重要である。

<参考文献>
Silbiger[1928]Charakteristik der Mutation, Folia Otolaryngol, Bd, 16.
栗田茂二朗[1988]「声帯の成長、発達と老化ーとくに層構造の加齢的変化ー」『音声言語』29:185-193.
斉田晴仁 et al[1990]「変声期の音声と身体の発育について」『日本耳鼻咽喉科学会会報』 93(4), 596-605.
仁科博之[1999]「思春期における変声に関する音声学的研究」『仙台大学紀要』 31(1), 1-5.
髙橋 雅子[2011]「合唱活動における変声期に関する研究 : Cambiata Conceptを適用して」『山口大学教育学部 研究論叢』第3部, 芸術・体育・教育・心理 61, 217-224.

 

The study of the transition of pitch extent in Sakura-Shimeji’s songs

Abstract
Sakura-Shimeji (SS) are a Japanese music duo of junior high-school students: Hyouga Takada and Gaku Tanaka. In this study, I investigate their pitch extent of SS’s songs, and trace the process of change in their vocal ranges through their growing to deeply understand SS’s activities. (Fig.1) (pdf→https://goo.gl/CK8GbT)

6 件のコメント

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    アカンボ様、たいへん学術的に考察され、驚いています。グラフで示された音域の変遷、興味深く拝見させて頂きました。
    なかなか面白いですね。
    先日、最近は新曲ばかり聴いているので、久しぶりに過去をふり返ってみようと「いくじなし」を聴いてみました。
    彪我君の伸びのある高音が心地よかったです。でもこの時の雅功君の声もひじょうに高く、もしかしたら、現在の彪我君と同じくらいじゃないかなって感覚的に思っていました。
    おそらくこの時の声はもう二人には出せないでしょうね。
    貴兄がおっしゃるように変声は悪でもないし、
    『ある一時期を切り取っていうのではない。その変化全体が「さくらしめじ」なのである。』という事も理解できます。
    したがって、彼らの音域の変遷にそって、アレンジされなければ歌えない状況であることも理解できます。
    でも、だからこそ「ある一時期」を大切に扱ってほしいと思うのです。
    変化の歴史は『一時期の積み重ね』です。
    またその一時期を記録されたものがCDによる音源化です。
    ここでしつこく『さんきゅう』の話になります。
    あの楽曲がなぜ、早期にCD化されることを、多くのファンによって望まれたか?
    それは「あの一時期」を記憶と記録に留めたかったからです。

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    貴兄は以前,ブログにおいて、詩の内容について分析・説明されていました。
    特に「これからも一緒にね」のあとの部分「その時が来るまで」に注目されていました。
    そして、「これからもさくらしめじとして二人でがんばって行こう」という歌ではなくて、「中学生時代よさようならありがとう」という別れの歌なんだということを解説されていました。おそらく作詞者もそのつもりで書いたものでしょう。
    でも聴いた人たちはそう解釈しませんでした。
    2014年星男祭において、ユニット名が決まってからの第1曲目です。
    ユニット名とCD発売が決まり、それまでの努力を思い出し、感極まって落涙した彪我君。その彪我君がつま弾く、ストリートライブの時の苦労を感じさせる哀愁を帯びたギターソロ。
    そして最後に、二人が顔を見合わせて歌う「これからも一緒にね」
    この歌は、そこで
    「これから、さくらしめじとして新たな世界を、ふたり一緒に築いていこう」という未来志向の歌に変化したのです。
    少なくとも聴いた人たちはそう理解している方が多いでしょう。
    したがって「その時が来るまで」の「その時」とはさくらしめじというユニットが日本の音楽史に名を残す、その時なのです。それは50年後.60年後かも知れない。どちらかが亡くなるまで「さくらしめじ」として活動を続けていこうという男同士の約束を交わした歌に変化していったのです。
    歌は聴く側によって作者や演奏者の意図しなかった形でひとり歩きしていきます。
    二人の変声に応じて、アレンジされるのは仕方のないことです。
    でも「ある一時期、一時期」を切り取って、アルバムに貼っていくように大切に記録することも必要です。大人になったからって子供時代の写真を破り捨てていては
    その人がどのように成長してきたかわからなくなってしまいます。

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    突然のコメント、失礼いたします。か〜ると申します。文献に基づいた考察、痛み入ります。
    「変化の結果にこだわり、本質を見失う」「一時期を切り取るのではなく、変化全体がさくらしめじ」、まさにその通りだと思います。当方、解散した平川地一丁目のファンです。私が彼らを知ったとき、平川地のボーカル・直次郎さんの声変わりが始まった頃でした。その後5年間、一流のボーカリストとして成長していく姿を見てきました。さくらしめじもそういう成長をしてくれるのではないかと期待しています。(もちろん、音楽性や方向性は全く違いますが・・・・・。)
    今後、「前の方が良かった」という人が出てくるでしょう。しかし、アカンポさんが仰るとおり、声の変化、姿の変化も含めてさくらしめじですから、今の一時期だけを切り取って見るようなことはしないでほしいと思っています。この先も彼らは「さくらしめじ」として活動するでしょうから。
    まさか平川地がインディーズデビューした日に、このようなすばらしい指摘をされている一文にめぐり合うとは思いもしませんでした。しめじたちのゆったりまったりとした成長を、急がず焦らず見ていけたらと思います。
    駄文、失礼いたしました。

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    >四性さん
    いつも拙文を熟読していただき、ありがとうございます。私なりに二人の成長をしっかりと見つめてみたい、と思った結果、一つの形としてこのような論文形式でまとめることになりました。中高生の皆さんには学校の勉強はこんな風に物事の見方を広げることに役立っているということを示す意味も少しありました。
    また、いろいろと大切なご指摘をいただき、ありがとうございました。「さんきゅう」についてはとくにいつも熱いメッセージをありがとうございます。私が受け止め切れていないので何度も言わせてしまっているのかも知れませんね。すみません。
    >「その時が来るまで」の「その時」とはさくらしめじというユニットが日本の音楽史に名を残す、その時なのです。それは50年後.60年後かも知れない。どちらかが亡くなるまで「さくらしめじ」として活動を続けていこうという男同士の約束を交わした歌に変化していったのです。
    このようにご指摘いただきました。大人への成長のとき、という次元を超えて、音楽史に名を残すとき、命終えるまで、と受け止められたことは、二人を大切にされている四性さんだからこそではないかと感銘を受けます。
    一方、「さんきゅう」の解説における私の趣旨の一つとして、ほんとうの未来指向はどこからくるか、ということがありました。中学生という時期は今しかないし、きれいな高い声とはいつか別れを告げなければならない。成功もあれば挫折もある。そういうなかで、「きれいな部分」だけにこだわっていて未来が開けるのか、ということが一つあったわけです。かといって、その「きれいな部分」がどうでもいいといっているのでもないし、棄てなければならないと言っているのでもありません。

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    >四性さん
    私が大事にしていることのなかにこういうことがあります。
    普通は「これまでがこれからを決める」と考えます。しかし「これまでがこれからを決める」のではなく、「これからがこれまでを決める」のだ、とおっしゃった方がおられます。私はとても勇気づけられる言葉だと思っています。これまでの努力や成功が未来を切り開く。普通はそれが大事だと考えます。しかしどうでしょう。成功だけを評価して挫折を許さない先生と、これまでの成功も挫折もこれから何をするかによって意味が変わる、だから安心して失敗せよという先生。どちらが子供は未来指向になれるでしょうか。
    そういうこともあって、私は、ある輝いている一時期はもちろん大切にしたいですし、成功を積み重ねることも大切ですが、それよりも、これから何をなしてゆくか、そしてプラスはもちろん、一見マイナスと思えることも大切にしたい、ということに重点を置いた表現になっているかと思います。
    ですから、大切にしたいことはそんなにはくい違っていないのではないかとも思います。私も、変わってゆく姿すべてが大切であると述べていますが、決して一時期はどうでもよいといっているのではありませんし、四性さんも、ある一時期を大切にしたいとおっしゃっているからといって、その一時期にしがみついて、今はだめになったなどという方ではないでしょうから。
    いずれにしましても、いろいろと私が受け止め切れていない大切な気づきを与えていただき、ありがとうございました。またご指摘をお願いいたします。

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    >か〜るさん
    コメントありがとうございました。私の伝えたかったことを受け止めていただけたこと、大変うれしく思います。これから変わってゆくであろうさくらしめじの二人の姿を、なんとか大切にしていってほしい、という思いからこのような表現になりました。
    私は平川地一丁目のことは詳しくありませんが、声変わりする前の「とうきょう」も声変わりしてからの「とうきょう」も素晴らしい歌だったと思います。きっと彼らも大変な葛藤の中で活動されていたのではないかと思いますが、ご本人たちの努力はもちろん、どんな苦難の時にも彼らを支えるか〜るさんのようなファンの方がおられたからこそ、活動を続けられたのではないかと思います。
    私はさくらしめじにもそうありたいと思っていますし、多くのファンの方はそう思われていることと思います。
    今回はコメントありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

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