さくらしめじ3rdシングル発売記念企画!『さんきゅう』新旧バージョン徹底比較(4)各論3

皆さん、こんにちは。

さっそくですが、うれしいニュースです。当ブログの記事を、『さんきゅう』の作曲者である鈴木裕哉さんご本人に読んでいただきました!(ヒュ〜パチパチドンドン)


しかも、その上で「9割がた正解」とのことでした!わーい、わーい≧(´▽`)≦!

何かようわからんこと書いてるわ、と思っていた方!悔い改めよ(笑)

急にエラそうになって勢いづきましたが、ゆうても1割は間違っている、ということなので、そのつもりでお読みくださいませ。

もう少し書きますが、あまり書くとボロが出て、正解率が下がってしまうような気がします・・・。

間奏の比較〜間奏に表れる楽曲の心

さて、間奏です。旧バージョンでは、最初の8小節はしめじの二人がジャカジャカと元気よくギターを弾きますね。その後の8小節は、雅功くんがジャーン、ジャーン、ジャーンと弾くのをバックに、彪我くんのギターソロです。

ここは新バージョン、全く変わってしまったかのようです。最初の8小節はギターは入っていますが、ストリングス中心のサウンドとなり、その後の8小節のギターソロはなくなり、ピアノソロになっています。彪我くんの渾身のギターソロがなくなったということで残念な方も多いでしょう(ライブではパワーアップした彪我くんのギターソロが聞きたいものです)。

そんな方にまたもや理屈をいいます(懲りずに、といわれそうですが)。

ここの間奏、驚くべきことにコード進行は変わっていないのです(たぶん)。それから、後半で雅功くんがジャーン、ジャーン、ジャーンと弾いていたギターのパターンが入る箇所も変わっていません。実は全く同じタイミングで入っているのです。
変わっていないということはこの構成は曲にとって重要なのでしょう。そのことを少し考えてみます。

この間奏のあと、ギターのジャーン、ジャーン、ジャーンが続く中、「そんなふうに、せかされても〜」と歌が入ります。じゃあ「そんなふうに」とは、どんなふうになのでしょうか。間奏の前をみても「つまらないことも全部楽しくて」とあるだけで、つながりません。

ひょっとして、「そんなふうに」が指す内容は、この間奏の中にあるのではないでしょうか?

始めの8小節、旧バージョンの元気のよいジャカジャカ、新バージョンのストリングスのところ、ここはせかされるようにいろんな出来事が次々とやってくることを表しているのではないでしょうか。生まれてから今までのこと、学校での出来事、そしてデビューするまでのエビダンでのいろいろなトレーニングや企画、デビューしてストリートライブに始まりさくらしめじのユニット名決定からシングル発売、そして二人で過ごした日々…。中学生ですから成長も早く、次々と新しいことが起こる時期でしょう。


でも、ふと立ち止まって考えると、期待も膨らむと同時に、これからどうなっていくんだろうという不安もあるでしょう。それを表しているのが、そのあとのジャーン、ジャーン、ジャーンの繰り返しなのではないでしょうか。

というのは、このジャーン、ジャーン、ジャーンのコード進行を見てますと、3つのコードを繰り返していると思いきや、実はG→A→Bm、G→A→Dとなっています。つまり、3つめのコードはマイナーコード(悲しい感じのサウンド)とメジャーコード(明るい感じのサウンド)が交互に出てくるのです。

「不安と期待」「変わってしまう悲しさと変わっていく喜び」「挫折と成功」「別れと出会い」そんなマイナスとプラスの心や出来事を、このマイナーコードとメジャーコードが表しているのではないでしょうか。

そして、そのあとの歌詞に「だから、きっと僕たちこれから先大人になるけど、まだそんなに焦ることない、今はそんなのわかんないし」とあります。この「そんなの」は1番の歌詞「何がよくて何がわるいの」やメジャーコードとマイナーコードで表された出来事を指すのでしょう。

何がよくて、何がわるいのか。何がプラスで、何がマイナスか。ほんとうは「プラスのこと」「マイナスのこと」が自分の外側にあるのではない。その時の自分の心がそう決めているだけのこと。「大人」になると一層その決めつけが強くなります。自分の決めたマイナスに行き詰まり、自分の決めたプラスに喜ぶ。それが「大人」でしょう。

しかし子供は違います。「そんなのわからない」何がプラスで何がマイナスかはわからない。だからこそ「でもこんなに空は晴れて」とただ空が晴れていることを喜べるのでしょう。

空が晴れていることにプラスもマイナスもないのに、それに大人はいろいろと価値をつけて、こうだからよいとかわるいとかいったり、当たり前になってしまったりして、ただ空が青いだけでは喜べなくなるのです。

自分のつけた価値ではなく、そこに存在する空の青さを、まっすぐに見て、それを喜べる。不安と期待が入り交じっているけれども、迷いの中にいるけれども、よいこともわるいことも、どちらの出来事もこれからの自分を成り立たせる、かけがえのないものとして喜べる。そんな中学生の今の心を歌っているのではないでしょうか。

鈴木裕哉さん作詞の曲で、春奈るなさんの『ユキノミチ』という曲があります。ここには「まだ誰もいない雪の道に、好きな様に足跡付けるの」とあります。

調子のよいときもわるいときも、こんなのは自分じゃない、なんて思っているときも、「よい」でも「わるい」でもない、「誰も歩いたことのない大切な一歩」を歩んでいるのではないでしょうか。

だから安心して「なんとなく歩いて」行けばいいんです。「雪の道は全てを受けてとめてくれる」(『ユキノミチ』より)のですから。

書き始めと書き終わりのテンション違いすぎΣ\( ̄ー ̄;)!しかも今日終わろうと思っていましたが、終われませんでした(T^T)

次回、もう一回予告。

感動!新バージョンのサビに旧バージョンのハモりが!
『さんきゅう』はもともと別れの曲だった!?

次回でやっと完結です(たぶん)!

8 件のコメント

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    アカンボさんの分析、今回はひじょうによくわかりました。ありがとうございました。というのもやはり私もあのギターソロの所が気になっていたからです。
    作者の意図もわかりました。思い入れも理解できました。詩と曲の関係もわかりました。
    でもだからと言って聴く側の立場もどうして理解してくれたなかったのかなーと思うのですが。
    正直言いましょう。原曲の魅力は、彪我君のあの哀愁を帯びたギターソロが5割、彪我君の歌い出しが2割、そして最後に二人見合って「これかも一緒にね」と歌ったところが2割。最後の部分はCDで表すのは無理ですが、でもギターソロと歌い出しで7割がた、あの曲の魅力を締めているのです。ところが新曲ではそれがすっかり抜け落ちてしまった。
    あの間奏のところのジャーンジャーンジャーンのところですが、アカンボさんの分析で何となく納得しました。でもそれは聴く側に伝わっていない。マイナーもメジャーも理解できないし、ピアノ演奏も聞こえない。ほんとうに間の抜けた時間が延々続いているようにしか聞こえないのです。
    それほど、原曲において彪我君が涙を拭いた手でつま弾くシーンは強烈なインパクトを残していたのです。そんなに上手だとは思いません。つたない指運びを自分自身でも必死でじっと見つめながら、弾いている。あのシーンを見るたび、身体の中の何か重たい物がドンと腹の底に落ちたような脱力感と、言いしれぬなつかしさを感じるのです。
    少し話を変えます。
    落語に「目黒のさんま」という話があります。
    江戸時代、ある殿様が目黒へ遠乗りをしました。お昼になって丁度お腹が空いたときに、近くの農家から、サンマを焼くいい匂いがしてきました。「あれを食してみたい」という殿様の言い付けで、その農家からサンマを譲り受ける事になりました。当時サンマは下賤な魚で殿様は食べたことがありません。でもひとくち食べるとこれがひじょうにうまい。殿様はそれ以来、自分の屋敷でもサンマ料理が出ないか待っていたのですがいっこうに出ない。

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    ある時、親戚のお呼ばれで、好きなものを食べられると言う事になった。殿様はサンマが食べたいというと、親戚の人はびっくり。当時サンマは大衆魚で殿様が食べるようなものではなかったのです。早速日本橋の河岸から、上等のサンマを仕入れ、一流の調理人が腕に寄りをかけて、調理しました。刺さっては悪いと小骨をすべて抜きました。食べやすいようにやわらかく蒸してから焼きました。そして調理できたサンマを殿様の前に差し出しました。殿様は喜んで食べましたが、これがひじょうにまずい。それはそうです。骨を抜いたために歯ごたえがなく、蒸したために脂分がすっかり抜けて、カスカスになっていたのです。そこで殿様ひと言。「このサンマはどこから仕入れた?」「日本橋からです」「それはダメだ、サンマは目黒に限る」
    殿様は遠乗りに出かけたとき、よほどお腹が空いていたんでしょうね。脂でコテコテ、真っ黒に焦げたサンマでもおいしく感じたのです。
    なぜファンは「さんきゅう」を名曲としているのか。なぜ、CD化してほしかったのか。
    歌曲は聴く側の姿勢によって、作者の意図する以上の効果をもたらす。その時、作品は作者の手を離れ、ひとり歩きを始める。
    すでに原曲で人気を得ている作品をわざわざアレンジする必要があったのだろうか。どこが良かったのか、何がよかったのか、調査しなかったのだろうかと思うのです。

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    アカンボさんのブログを作者の鈴木さんに読んで貰ったんですよね。
    そのへんの経緯、私もツイッターで拝読させて頂きました。直接、作者と話ができるなんてすごいな。さすが音楽家同士だと、いささか、うらやましいやら、嫉妬するやら・・・。
    という事でその後、私も鈴木さんに直接ツイッターで呼び掛けてみました。
    『「成長し続ける二人に合わせて割り振りも変化したのです」という事ですが、正直なことをいえば変化させて欲しくなかった。それに間奏の彪我君のギターソロも残して欲しかった。』と。
    するとなんと、鈴木さんから御返事を頂きました。
    「貴重なご意見ありがとうございます。そういう声もあるということを受け止めこれからの曲作りの参考にしますね!」
    なかなか謙虚な方で、驚きました。
    さらに私は
    「専門的な事はむつかしくてなかなか理解できませんが、聴く側の立場として、星男祭の時の「さんきゅう」には深い思い入れがあります。Amazonなどのカスタマレビューにも書かせて貰ってますが人間は曲に思い出を募らせるものです。」とちょっと生意気なことも書いてみました。
    長くてごめんなさい

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    えっ深!と思って読み進めていたらいつの間にやら涙が…感動しちゃいました。
    正しいかどうかよりも自分なりの素敵な解釈ができたらそれが一番だと思います。もしこれがその通りであれば作曲者に感服ですね(。-_-。)

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    >四性さん
    丁寧で思いの詰まったコメントをありがとうございました。彪我くんのギターソロや彪我くんの歌い出し、そして曲と彪我くんへの思いが伝わってくるようでした。「彪我君が涙を拭いた手でつま弾く」「つたない指運びを自分自身でも必死でじっと見つめながら」あのシーンがよみがえります。
    「目黒のさんま」のお話し、よくわかりました。上等なサンマに一流の調理人(新さんきゅう)よりも、あのときの目黒のサンマ(旧さんきゅう)ですね。そろそろアルバムを出して、そこに「さんきゅう(アコースティックバージョン)」を入れて、あのときに近いものを収録してほしいですね。
    わざわざアレンジする必要があったのか、とのことですが、これは鈴木さんに聞いてみたいのですが、僕はひょっとして、鈴木さんが初めに用意した楽曲は「新さんきゅう」に近かったものなのではないか、と思っています。もしくは、初めからアコギバージョンとアレンジバージョンがあったのではないかと思っています。
    鈴木さんはギターで曲を作るみたいですので、おそらく初めはギターを弾きながらつくったでしょうから「アコギバージョン」に近いものが出来上がる。しかしそれをそのまま提出するわけにはいかない。自宅でパソコンなどをつかって他のパートも付けたちゃんとしたデモテープをつくる。それが「新さんきゅう」に近いものだったのではないでしょうか。全くの想像ですが。
    かといって、聴衆が何をよかったとおもっているのか調査しなくてよい理由にはなりませんが、わざわざアレンジしたと言うよりは、初めから考えていたものをちゃんとレコーディングしたのではないか。ただし歌うパートに関しては、声変わりにあわせて変えざるを得なかった、そんな感じではないでしょうか。
    鈴木さん、我々のような素人にちゃんと返事をくださるだけで、丁寧で謙虚な方だとおもいます。

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    >ゆきさん
    いつもコメントありがとうございます。曲を分析すると同時に、楽曲に込められた心を聴きたい、というつもりで書いていますので、ゆきさんとそれを共有できたみたいで、とてもうれしいです。
    おっしゃるように、作者の意図と同じかどうかを確かめて一致していればそれはそれでうれしいのですが、それよりも聞き手がそれぞれの仕方で豊かな心で曲を聴くということがいちばんですね。

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    >アカンボさん
    いつもダラダラと長いコメントで申し訳ないです。内容の濃い、上質なアカンボさんのブログをコメントで穢してしまっているのではないかと、あとで後悔しています。
    おっしゃるとおり「新さんきゅう」のほうが先に出来ていたのかも知れませんね。でもアコギだけの演奏のほうが先に世の中に出てしまって、ひとり歩き始めた可能性もあるということですね。よくある話です。作者の意図しないほうへ向かっていくということはよくある話です。
    どちらにしろ、しめじの二人にあの星男祭の時のように歌えといっても、それは今では無理でしょうね。動画をMP3に変換して、聴くしかないかな。でも歌はともかく、あの彪我君のギターソロは、いつかナマで聴いてみたいものです。
    我ながらわがままな人間だと思います。失礼します。

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    >四性さん
    いえいえ、いつも熱のこもったコメントをありがとうございます。
    明日の、あ、もう今日ですね、ワンマンライブの映像、とても楽しみですね!

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