さくらしめじ3rdシングル発売記念企画!『さんきゅう』新旧バージョン徹底比較(3)各論2

早速ですが、さくらしめじ公式ブログ開設おめでとう!!
http://lineblog.me/sakurashimeji/

そして公式LINEも始まったそうです。
http://line.naver.jp/ti/p/%40sakurashimeji

着々と新しいことがはじまるきせつですね!わーい、わーい(≧▽≦)!!

さてさて。前回のブログからいろいろと反響があり、読んでいただいたことをうれしく思います。それはそうと、ご意見があったら遠慮なくコメントくださいね。ここ間違ってるぞ、とか、こう考えたほうがいいんじゃないか、とか。僕は別に音楽の専門家じゃないですから、一緒に考えましょう。そして詳しい方は教えてください。

ご意見をきいていると、どうも旧バージョンBメロの「だけどよるねむるとき」は、彪我くんパートを主旋律、雅功くんパートをハモりとして聴いていた人が結構多かったようですね。それだけ彪我くんのハモりが印象的だったんでしょう。

まあ、どっちが主旋律というのは作曲者が意図しているかどうかだけのことなので、気持ちよく聞ければどっちでもいいっちゃあいいんですけどね。それは置いといても、旧バージョンの雅功くんパートと新バージョンの彪我くんパートが同じというのは、結構気づかなかったんじゃないでしょうか?

サビの比較 「きっと僕たち〜」

さて、実はサビもそうなんですよ。サビも皆さん、新バージョンを聴かれたとき、すごく違和感があったのではないでしょうか。曲が変わってしまったかのような。しかし楽譜をよく見てください。

ここも旧の雅功くんパートと新の彪我くんパートは同じです。ですから、ここもやはり

(旧)雅功くん=主旋律、彪我くん=上でハモり
(新)彪我くん=主旋律、雅功くん=下でハモり

となっています。これも彪我くんのハモりが印象的で、こちらを主旋律と聴いていた人が多いかもしれません。

あと、さらにもう少し詳しく言えば、サビの初めの四小節、「きっとぼくたち、これからさきおとなになるけど」のところは、やや小さいですが、主旋律に雅功くんの声も入っているようです。つまり、雅功くんの声が二重で録音されているのです。つまり、初めの四小節に限り、

(旧)雅功くん=主旋律、彪我くん=上でハモり
(新)彪我くん(+雅功くん)=主旋律、雅功くん=下でハモり

です。音楽を楽しむのにあまり不自然なことはおすすめしませんが、左のイヤホンだけをつけるとわかりやすいと思います。

唯一主旋律とコードが変わった箇所

さて、ここまで、「主旋律は変わっていない」といってきました。ところが唯一変わっているところがある、ということを初回に言いましたがおぼえておられるでしょうか。わかりましたか?

それはここなんです。

「なにがよくてなにがわるいの、いまはそんなのわかんないよ」

「〜いまはそんなのわ」までは新彪我くんパートは旧雅功くんパートと同じですが、その次の「かんな」の音が違うでしょう。(細かっ!とか、きしょっ!とか、こわっ!とかいわれそうですけど、違うんですもん、いじめないで・・・)逆にいえば、それ以外は変わっていません。この音は旧バージョンでは彪我くんパートにも、雅功くんパートにもないのです。なので、新バージョンを聞きながら旧バージョンを歌おうとしても、ここだけうまくいかないはずです。

さて、このことがどう影響しているかを考察いたします。さあ、ちょっとここから難しいです。

ここ、旧バージョンでのコードは、映像で見える指の押さえ方からしてもたぶんA(ラ・ド・ミ)です。しかし、新バージョンでは「わかんない」の「か」の音がG(ソ)になっています。この音はコードAのルート音からすれば「短7度」の音なのです。つまり「セブンスコード」の構成音ですね。したがって、コードはA7(ラ・ド・ミ・ソ)です。さらに、雅功くんのパートはD(レ)ですから、「完全4度」の音ということになります。したがって、コードはA7sus4ではないでしょうか(もしかしたら、 A7sus4(9)か、Em7/A?)。また、この曲はD major(ニ長調)の曲ですからAはV(ダイアトニックコードの5番目)であり、ドミナントコードです。ケーデンスをみると(旧)IV→V(→IV→V→I)から(新)IV→V7sus4(→IV→V→I)となったわけですね。この「わかんないよ」のところはもともとVでドミナントコードですが、トライアドからセブンスコードとなることでやや洗練された印象となり、さらにサブドミナント的な要素を含むV7sus4となることで、ややあいまいな響きをもつサウンドとなり、したがって・・・ぶつぶつ・・・。

???

わかんーなーいーよ!(わからせる気ないやろΣ\( ̄ー ̄;))

僕もあまり音楽理論がわかってませんので、あまり語るのはやめておきます。どなたか詳しい方、ちゃんと教えてください。

津田沼のリリースイベントで『さんきゅう』の演奏をみたとき、ここの二人が押さえているコードは星男祭の時とは違っていたので、違うコードなのは確かでしょう。ギター分かる人ならすぐ分かるんだろうな。たぶんセブンス系のコード。それはトライアド(三和音)の単なるAと比べると、洗練された雰囲気になるといわれています。

そんな風に、1音変わるだけでコードも変わり、曲の雰囲気も変わる、そんなこともあるみたいですよー、というぐらいにしておこうかとおもいます。

あの素朴な星男祭の演奏が、CDで洗練された感じになったことの象徴が、このセブンスコードに表れている、なんていう考察はどうでしょうか?

わかりにくくてすみませんでした!この写真で許してください。

皆さんちょっとイヤになってきたところで、今日はこの辺で。

ところで、前回のコメントのやりとりでもありましたように、音楽は理屈ではありません(これだけ理屈を書いておいていうのもなんですが)。やはりそれぞれの聴き方があり、ひとりひとりの感動があります。どんな心で、どんなときに、誰ときいたか、などによって、ときにかけがえのない一曲となります。その感動を言葉で語ろうとしてしても語り尽くせるものではありません。「その語り尽くせない何か」こそ音楽の最も大事なところだと思います。このブログの細かい分析は、曲の気付かない一面をよく知ろうとするものであって、曲の感動とは別のものです。あくまで参考程度にして、みなさん曲を素直に感じましょう。

さーて、次回のしめじさんはー。

間奏の比較〜間奏に表れる楽曲の心
感動!新バージョンのサビに旧バージョンのハモりが!
『さんきゅう』はもともと別れの曲だった!?

の三本ですー。

お楽しみに!次回はやさしいですので、皆さん見るのをやめないで!

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